世間で非常に高い評価を受けているTechnicsの最上位ワイヤレスイヤホン「EAH-AZ100」。私自身、過去に一度購入したものの、どこか馴染めずに手放してしまった経験がある因縁の機種でもあります。
今回は、これまでに使ってきた数々の名機や、現在も愛用しているソニーの基準をベースにしながら、なぜあのとき違和感を覚えたのか、その正体を再度フラットに掘り下げてレビューしていきます。


外観と装着感:ハード面での完成度と課題



| 項目 | カタログ仕様値 | 実測値 |
|---|---|---|
| イヤホン本体(片側) | 約 21.0 × 26.0 × 25.0 mm (幅×高さ×奥行) |
ー |
| イヤホン質量(片側) | 約 5.9 g | 5.8 g |
| 充電ケースサイズ | 約 36.0 × 69.0 × 27.0 mm (幅×高さ×奥行) |
ー |
| 充電ケース質量 | 約 42 g | 41.74 g |
| 全体総重量 (ケース+イヤホン左右) |
約 53.8 g (計算値:42g + 5.9g × 2) |
53.29 g |
精密電子天秤による測定の結果、Technics EAH-AZ100のイヤホン本体(片側)の重量は5.8g(公称値:約5.9g)、充電ケース単体の重量は41.74g(公称値:約42g)でした。
ケースを手にした瞬間に伝わるのは、フラッグシップにふさわしい丁寧な仕上げと高級感です。サイズや重量を含め、全体的にソニーを強く意識したパッケージングだと感じます。適度な重みとサイズ感で、ポケットへの収まりも良好です。
しかし、実際に日常生活で使ってみると、装着感の面で大きな違いが現れました。

本機はコンチャ(耳の穴の周りのくぼみ)部分への初期のフィット感こそ良いものの、3時間ほど連続して装着していると耳への圧迫感が強くなり、痛みが出てきます。
イヤホン全体で綺麗に重さを支えて長時間使っても痛みが起きないソニー(SONY WF-1000XM5)に比べると、快適性の面で一歩譲る仕上がりと言わざるを得ません。
機能性と実用性:日常での実用性とノイキャン
スマートフォンやPCとの接続といった基本的な使い勝手は良好です。ワンタッチで外音取り込みに切り替わり、同時に再生を自動停止してくれる機能は、自分で再生を止める手間が入るソニーよりもスマートで便利だと感じます。
しかし、ノイズキャンセリングの静寂性には明確な実力差がありました。ソニーを基準とすると、本機は少しマイルドな印象です。
テレビの音まで完全にかき消すような強力な静寂さを誇るソニーに対し、本機は高音寄りのテレビの音がうっすらと聞こえてきます。周囲の騒音をしっかり抑える能力はありますが、ノイズキャンセリングの強さを最優先にする場合は物足りなさが残るかもしれません。
このイヤホンの個性:磁性流体ドライバー
ガジェット好きの物欲を刺激するのが、業界初となる「磁性流体ドライバー」の搭載です。ボイスコイルの動きを滑らかにするという設計思想は、スペックシートを眺めているだけでも技術的なロマンを感じさせてくれます。
私は磁性流体ドライバーと言うものが、どのような音を鳴らすのかを知りたいだけで、購入した経緯があります。しかしこの磁性流体が私にとって曲者でした・・・

過去のBOSEの罠に嵌った新技術:ボワつく低音とバランスの崩壊
この「磁性流体ドライバー」は、やはり初号機ということもあってか、その革新的なハードウェアをまだ上手く制御しきれていない印象を強く受けます。
この音響バランスの歪みを端的に表現するならば、「かつて低音を過剰に強調させていた頃の、一世代前のBOSEの音」に非常に よく似ています。
面白いことに、本家である現在のBOSE(QuietComfort Ultra Earbuds 2)はそのかつての弱点を完全に克服し、スタジオ音源に近づけつつ豊かな量感を保ちながらも芯のある締まった低音へと劇的な進化を遂げています。しかし、皮肉にも最新のテクノロジーを積んだはずのTechnicsが、まさにその「かつてのBOSEが嵌っていた罠」にそのまま陥ってしまっている状態です。
結果として全体の音響バランスが完全に崩れてしまっており、低音が締まりを欠いてボワボワと空間全体に広がってしまいます。この制御しきれていない低音の壁が、本来なら綺麗に出せるはずの13kHzの繊細な高音域の煌めきまで一緒に覆い隠して(マスキングして)しまうという、実にもったいないチューニング(デメリット)に着地しています。
ポテンシャルそのものは非常に高いだけに、新技術の制御と音楽としてのトータルバランスを両立させる難しさを、エンジニアとして改めて痛感させられる一台です。
磁性流体がもたらす独特な低音の正体
なぜ私の耳はソニーやBOSEに比べてベースやドラムのキレの悪さを感じてしまったのか。エンジニアとしてただの主観で終わらせず、その正体をしっかりと紐解く必要があると考えました。
その具体的な原因や、物理的な挙動のメカニズムについては、こちらの別記事にて詳しく考察しています。構造の裏側に隠された因果関係が気になる方は、ぜひあわせてお読みください。

アプリ設定と機能性:先進機能のフルコンプと、LDACが招く「機能崩壊」のジレンマ
TechnicsのEAH-AZ100は、ハードウェアの尖った設計に負けず劣らず、アプリ側で制御できるメニューも現代のワイヤレスイヤホンが持つトレンド機能をほぼ全て網羅したフルスペック仕様です。

メイン画面を見ても分かる通り、洗練されたダークモードのUIに必要な設定への動線が綺麗にまとめられています。
1. かゆいところに手が届く、充実の日常サポート機能
日常の道具としての使い勝手を高める各種機能は非常に高い次元でビルドされています。




周囲の音を自然に取り込む「トランスピアレント」や、会話を強調する「アテンション」の切り替え、さらに左右で細かく挙動を割り当てられるタッチセンサーのカスタムなど、ストレスのない操作環境が整えられています。また、高音域のポテンシャルを活かす「トレブル+」などのイコライザーや、万が一の紛失時に音や位置情報で追跡できる「ヘッドホンを探す」機能まで備えており、単体としての完成度は非常に優秀です。
2. 音質か、利便性か。LDAC接続時に突きつけられるトレードオフ
しかし、エンジニア目線で本機の運用を考えたとき、非常にやるせない気持ちにさせられる仕様が「Bluetooth接続方式による排他制御」の壁です。本機は業界最先端の「LE Audio優先」モードや、「最大3台の同時マルチポイント接続」という強烈なメリットを引っ提げて登場しました。


画面のアラートが示す通り、最新の「LE Audio」を有効にすると、自慢の空間オーディオ(Dolbyヘッドトラッキング等)や音声アシスタントが強制的にOFFになり、マルチポイントの台数も1台のみに制限されてしまいます。

さらにやるせないのが、オーディオファンとしてハイレゾ級の音質を求めて「LDAC」を有効にしようとした瞬間です。アプリ側から明確に「LDACを使用する場合は1台のみ(マルチポイントを無効にする)の設定がおすすめ」と突きつけられ、3台接続の快適性を完全に捨てなければならなくなります。
もし「3台マルチポイント」を維持しようとすれば、今度はLDAC側が使用不可という形で(あ~・・)とガッカリする瞬間がきます。
これほど充実した先進機能を揃えておきながら、「高音質(LDAC)で聴くなら、便利な機能はほぼすべて無効化されます」という割り切った仕様は、道具としての日常の手間やストレスを考えると強烈なジレンマです。
「せっかくの3台マルチ接続を諦めてまでLDACで接続する人がどれだけいるのか……」と、チューニングのアンバランスさも含めて、新技術の制御の難しさがそのままアプリの仕様に現れてしまっているもどかしいです。
世界基準のテスト音源を用いた厳密な音質検証
音質テストでは、主観的な感想だけで終わらせないために、オーディオ機器の検証用として世界的な権威を持つ音響テストサイト「AudioCheck.net」の正確なデジタル音源を採用しています。

YouTubeなどの動画サイトにあるテスト音源とは異なり、データの圧縮による劣化やカットが一切ない純粋な音声シグナルを使用できるため、イヤホンが持つ本来のポテンシャルを100%正確に測定することが可能です。
すべてのフラッグシップイヤホンにおいて、この世界水準のテスト音源を用いた同一条件での周波数テストや定位診断を実施し、横並びでグラフ化して実力を暴いていきます。スペックシートの数字だけでは見えてこない各機種の真実のサウンドを、エンジニアの目線から淡々と評価していきます。
音質検証:データと実感で暴く真実のサウンド
検証音源や周波数テスト、そして各項目の評価をまとめたチャートをもとに、耳に届く音を論理的に分析してみました。

鳴らせる音域を測定したところ高音は13kHzまでしっかり出ており、数値上のレンジの広さを表す「音域」の項目では満点の5をマークしています。また、定位感についても歪みがなく、360度から音が迫る位置の正確さは流石の一言です。
しかし、それ以外の項目(バランス、空間の広さ、分解能、レスポンス)はすべて3点にとどまり、総合21.5点という非常に歪な形のチャートになりました。磁性流体ドライバーは、じっくり聴き込むほどに、この数値が示す通りの違和感、そして過去に私が本機を手放した理由がはっきりと見えてきます。
本機の特徴である磁性流体によるコーンの滑らかな動きが、音質面では裏目に出ている印象を受けます。
前機種は高音がよく抜けるキャラクターでしたが、本機は低音の響きが強く、EDMなどを聴くと重低音がズンズンと響く「低中音重視」の迫力サウンドに変化しています。この低音の立ち上がりと立ち下がりのキレ(レスポンス)が甘く、少し粘って残るような聴こえ方をします。
13kHzという綺麗な高音(音域5)が出ているにもかかわらず、この粘る低音が邪魔をして、本来クリアに聴こえるはずの微細な高音や空気感を覆い隠して(マスクして)しまっています。これが、分解能やバランスの評価が3点にとどまる最大の原因です。
個人的に高音のクリアさを求めていたため、このバランスは少し残念に思いました。迫力はあるものの、人によっては長時間聴いていると聞き疲れしやすい音作りです。またこれを改善する為に(イコライザーをいじればよいのでは?)と思う方がいると思いますが、不自然な音になってしまいました。イコライザーで調整してもこの磁性流体ドライバーを、私には納得いく音に収める事が出来ませんでした。
まとめ:AZ100 総合チャート
これまでの検証結果をトータルで評価した総合チャートを作成しました。

チャートを見れば「機能性」だけが突出して尖った、歪な形をしています。
「高音質(LDAC)」と「便利な機能(空間オーディオ、3マルチポイント)」がトレードオフの関係にあり、どれかを諦めなければならない仕様は残念ですが、純粋に3つのマルチ接続ができるという点は評価したいです。機能性(4.5:3マルチポイント接続等)、マイク性能(4.5)といったビジネスツールとしての実用性は高いものの、肝心の音質面(4.2)や装着感(3:長時間の圧迫感)が足を引っ張っています。
本機は、音質のキレや徹底したクリアさを最優先にする方にはお世辞にも勧めづらい仕上がりです。しかし、機能面を見れば3台同時接続の便利さなど、ソニーとはまた違う方向でビジネスに特化した強みを持っています。
綺麗な優等生(ソニー)を求めるのではなく、「磁性流体という最新テクノロジーのロマンを体感したい」というマニアや、複数デバイスをスマートに使いこなしたいビジネスパーソンにこそ、独自の価値を提供してくれる尖った特化型のイヤホンです。
結論:フラッグシップ5機種を完全横並びで比較した最終総評
当ブログでは、今回レビューしたイヤホンだけでなく、現在の市場を牽引する主要ブランドのフラッグシップ機5機種をすべて自費で揃え、同一の過酷な環境下で徹底的に使い込んだ「完全横並びの総合比較レビュー」を公開しています。

業界基準のテスト音源を用いた厳格な音域測定データや、日常のストレスに直結するマイク性能・ノイズキャンセリングのリアルな実力差、さらには各社の設計思想の違いが浮き彫りになるサイズ・重量の比較表まで、エンジニアの目線から一切の忖度なしでフラットに数値を割り出しました。
「趣味のロマンを極めた一足」を選ぶべきか、それとも「過酷な日常を完璧に支える最強の道具」を選ぶべきか。スペックシートの数字だけでは決して見えてこない各機種の真実のキャラクターを比較し、あなたが本当に選ぶべき最適な相棒へのナビゲートを提示します。
全5機種の頂上決戦を制し、最終的に王座を維持したモデルはいったいどれなのか。ぜひ以下の総合比較レビューから、そのドラマチックな答え合わせをチェックしてみてください。
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コラム|イヤホンに「エージング(慣らし運転)」は必要なのか?
世間ではよく「100時間のエージングで化ける」といったオーディオ特有のオカルト論が語られますが、工業製品としての道具の本質、そして世界トップクラスのマスタリングエンジニアたちの思想を紐解けば、その前提がいかに不自然であるかが浮き彫りになります。
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