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磁性流体ドライバーとは何か?|低音の違和感と考察

AZ100に搭載される磁性流体を考察する写真 オーディオ

以前、私はTechnicsのAZ100のレビューにおいて「低音がボワつく」とお伝えしました。

なぜ私の耳はソニーやBOSEに比べてベースやドラムのキレの悪さを感じてしまったのか。エンジニアとしてただの主観で終わらせず、その正体をしっかりと紐解く必要があると考えました。

そこで今回は、その原因を突き詰めるために、まずは「磁性流体ドライバーとは何なのか」を考察します。

ここで1つ強くお伝えしたいのは、決してAZ100の音がダメだと言いたいわけではなく、また磁性流体そのものを否定したいわけでもありません。

あくまで一人のオーディオ好き、そしてメカ好きの視点から、その因果関係をフラットに解き明かしたいという「純粋な技術的考察」として、この先の解説にお付き合いいただければ幸いです。

磁性流体を考察する上でのヒント|バイクのリアサスペンション

磁性流体を理解する上でヒントになったのが、バイクのリアサスペンションでした。

なぜバイクのリアサスを持ち出したのかというと、どちらも常に振幅運動する物体であること、そしてどちらにもダンパーが設けられている事です。※ただしサスペンションは振動を打ち消すことが役目であり、スピーカーは振動を出すことが役目である違いは重要です。

オーリンズサスペンションの写真

まずこの2つの構造的な共通点をスッキリと整理してみましょう。

サーキットをよく走るライダーなら知っていると思いますが「サスペンションセッティングの順番」が今回の話を紐解く最大の鍵になります。

バネ(振動板)の役割:バイクのセッティングを変えるとき、まずはライダーの体重やコースに合わせて「スプリングレート(バネの硬さ)」を先に決めますよね。なぜなら、路面の凸凹を吸収したり、コーナーでの遠心力(G)を受け止めて車体を支える主役は、どこまでいってもバネだからです。このバネがスピーカーの振動板(エッジ)に当たります。

バネだけだと、長時間揺れ続ける波形に対して、ダンパーが付くことで、スッと振動が収まる波形

左:ダンパーのないサスペンション 右:ダンパー付サスペンション

ダンパー(磁性流体)の役割:しかし、バネだけに頼ってしまうと、一度デコボコを通過したあともボヨンボヨンといつまでも無駄に揺れ続けてしまいます。その「いつまでも止まらない余計な振動」を外側からグッと抑え込み、一瞬でピタッと止めるための補助装置としてダンパーを調整します。

この、振動を抑え込むダンパーの役割が、スピーカーでいうと「磁性流体」に当たります。※通常のイヤホンには、この動きを無理に止めるような磁性流体は付いていません。

比較項目 イヤホンの部品(Technics) バイクのリアサスペンション
物理的な役割 振動板を振幅させる 路面の振動を吸収する
主役(動きの基本) 振動板(エッジ) スプリング(バネ)
補助(動きの制御) 磁性流体(液体ダンパー) オイルダンパー(油圧)

宇宙開発の液体が持つ仕組み

磁性流体がダンパーだと理解できた上で、この磁性流体とは一体どのようなものなのでしょうか。メーカー公式の画像を元にひも解いていきます。

磁性流体の液体のみの写真

Technics公式サイト

これは、磁石の力に反応して生き物のように形を変える、NASA(アメリカ航空宇宙局)の宇宙開発からも生まれた特殊な液体です。スピーカーやイヤホンの内部では、音を鳴らすために電気信号で激しく上下に動くボイスコイルという部品の隙間に、このドロドロとした液体が満たされています。

AZ100の磁性流体

Technics公式サイト

ボイスコイルと磁性材料の間の、わずかな隙間に磁性流体を充填した理由は、この液体が持つ「磁石に吸い付く」という特異なダンパー性質にあります。

これにより、ボイスコイルが激しく上下運動(出力)する際に発生する、左右への「ローリング(横ブレ)」を物理的な液体の壁で常に抑え込むことができるのです。

AZ100の磁性流体ドライバーの構成図

Technics公式サイト

バネを極限まで柔らかく(極薄エッジ)したことによるスピーカーのグラつきを、この隙間に満たしたダンパーによってセンターに固定し、真っ直ぐなピストン運動を維持させる。これこそが、この位置に磁性流体を満たした最大の狙いです。

つまり、極薄エッジにしたことで柔らかすぎて自立できない特殊アルミ振動板を、ドロドロのオイルの壁で左右から挟み込んで固定する――これこそが、この磁性流体システムの正体です。

減衰力をかけすぎた足回りの罠

理解するのに必要な為、バイクのリアサスの話に戻します。

オーリンズサスの 圧側減衰ダイヤル部

「低バネレートのサスペンションに圧側減衰と伸び側減衰を強めにする」というシチュエーションを想像してみてください。何が起きているのかが非常によく分かります。

この状態のバイクを手でシートをグッと押し下げてみると、サスペンションは無駄な揺れを起こさず、ゆっくりとピタッと1発で綺麗に収束します。止まった状態でのテスト(静的な測定)だけで見れば、もの凄くスムーズに動作にコントロールされた最高の足回りに思えるはずです。

低バネレートに強い減衰力をかけたサスペンションの静的テストにおいて、初期の一瞬のみ動いて即座にピタッと1発で収束する様子を表した単一の振動波形グラフ

しかし、このセッティングのまま実際の荒れた公道(デコボコが連続する路面)に飛び出すと、最悪の挙動を見せ始めます。

2発目のデコボコを通過した際、バイクの挙動がおかしくなる写真

2発目のデコボコを通過した際、オイルの抵抗(圧側の減衰と伸び側減衰)が強すぎるため、サスペンションがギチギチと硬く突っ張ってしまいます。

縮んだサスが元の位置に戻るスピードもワンテンポ遅れます。足回りが元のゼロ点に戻りきる前に、3発目、4発目のデコボコが容赦なくタイヤを突き上げるため、サスペンションは路面への追従性を完全に失って(タイヤが路面から離れる)、バタバタと激しく暴れてしまうのです。

連続する音楽で起きる磁性流体による振動板の固定

連続した路面による振動をリアサスで理解した上で、以下スピーカーに話を戻しましょう。

「低バネレートのサスペンションに圧側減衰と伸び側減衰を強めにする」というシチュエーションをバイクで例えましたが実はAZ100はこの構成に非常に近いのです。

低バネレート=極薄エッジ、強めのダンパー=磁性流体、デコボコが連続する路面=音楽。

実験室の測定器の上(単発の1発の入力)では、磁性流体のオイルダンパーは理想的な動作をしますが、実際の音楽は、ベースの連打やドラムのアタックが目まぐるしく連続します。

音を鳴らす主役である振動板は、1秒間に何百、何千回というハイスピードでアンプから「音が出る」「音が停止する」の指示を受けて振動しています。

スピーカーが振動している写真

ボイスコイルの隙間にドロドロとした重い磁性流体が満ちているせいで、電気信号が来た瞬間に一瞬で立ち上がることができず、逆に信号が消えた後も液体の粘性を引きずってピタッと元のゼロ点(初期位置)に戻ることができません。

この「液体の抵抗による振動板の追従性低下」こそが、キレの悪いボワボワ感の正体です。前の音が消えきる前に次の音の振動が重なって押し寄せるため、音の追従性が悪くなり音楽としてのバランスが完全に崩れてしまい、低音だけが耳元で常に過剰に膨らんで聴き疲れを招くわけです。

自由な大振幅で豊かにランダムに動く一般的なイヤホンの動的波形(左)と、同じ複雑なランダム動作波形のまま全体の上下振幅(変位)のみが一様に小さく抑制されている磁性流体イヤホンの動的波形(右)の比較グラフ

磁性流体の重いブレーキがあるなら、音量を上げればいいのでは?」という疑問がわきますよね。

音量を上げるということは、イヤホンの振動板を「より大きく、より速く」動かそうとすることです。 しかし、磁性流体という「液体」には、「速く動かそうとすればするほど、それに比例して粘り気の抵抗(ブレーキ)も強くなる」という物理的な性質があります。

ダンパーを強くかけたサスペンションをゆっくり動かせばじわ~っと動きますが、力を入れて素早く動かそうとすると、ダンパー内部のオイル流量による抵抗でスッと動きません。これと全く同じ現象です。音量を上げた分だけブレーキも強くなるため、もたつきの比率は変わらないのです。

極薄エッジのローリング現象を防ぐための磁性流体

Technicsが目指したのは、クリアで豊かな低音でした。そのためには、スピーカーの振動板のフチ(エッジ)を限界まで薄く、柔らかくする「極薄エッジ(ハイコンプライアンス化)」が必要不可欠でした。

しかし、エッジを極限まで柔らかくすると、問題が発生します。 あまりにペラペラなため、振動板が真っ直ぐ上下に動けず、斜めに傾いたり、グラグラと波打つようにブレたりしてしまうのです。これをオーディオ用語で「ローリング現象(エッジの崩壊)」と呼びます。

最悪の場合、斜めに傾いたボイスコイルが周囲のパーツと激しく接触し、一発でパーツが破損するか、音が完全に歪んでしまいます。

Technics公式サイト

【公式ソースによる開発者の解説】 「磁性流体がボイスコイルの内側に入ることで、振動板全体を、円周側のエッジと内側のボイスコイルの2点で支えることができるようになりました。(中略)磁性流体の支えがあるため、エッジの部分を柔らかくすることができます」 ——(Technics EAH-AZ100 / TZ700 開発者インタビューより要約)

つまり、メーカー側の本音をロジックとして整理するとこうなります。

  1. 理想: 低音を出すために、エッジを極限まで薄く柔らかくしたい。
  2. 現実: しかし、それだけだとペラペラすぎて構造が崩壊(ローリング)してしまう。
  3. 対策: ボイスコイルの隙間に「磁性流体」を充填し、その液体の壁でグラつきを物理的にピタッと抑え込むことにした

「卵が先か、鶏が先か」という話になりますが、メーカーの宣伝では魔法の新素材である「磁性流体」ばかりが表立っています。しかし開発のスタート(目的)はあくまで極薄エッジ。その結果として生じる自壊を防ぐための「対策」として組み込まれたのが磁性流体であり、主役と脇役のキーワードが表裏逆になって世に送り出されているのが、この技術の面白い実態です。

​【検証曲】磁性流体の特性が分かるBASS BOOST

今回の検証(他社製イヤホンとの聴き比べ)には、YouTube Musicのこちらの楽曲を使用しました。ベースを強烈に意識した、重低音の限界をチェックするのに最適なソースです。

この過激な「Bass Boosted」の楽曲を聴くと、テクニクスが選んだ磁性流体ドライバーの「光と影(メリットとデメリット)」がこれ以上ないほど露骨に浮き彫りになります。

ホールのような重低音で響くAZ100。軽快なキレのよさはSONYやBOSE。あなたのイヤホンではどのように聴こえるでしょうか?

⇒ The First Station – Can’t Stop (Bass Boosted)

Q&A:磁性流体と極薄エッジの事情

ここでブレイクタイムとして、皆さまが感じるであろう疑問についてメーカーの開発談を交えながら回答していきたいと思います。

Q1. なぜ、あえて音のブレーキになる「磁性流体」を採用することになったの?

A. 新開発した「極薄エッジ」が破損するのを防ぐための、補強対策。

Technics公式サイト

メーカーは豊かな低音を目指すために、振動板のフチ(エッジ)を限界まで薄く、柔らかく作りました。しかし、あまりにペラペラにしたせいで、振動板が真っ直ぐ動けずにグラグラと斜めに傾いてしまう「ローリング現象」が発生してしまったのです。

Technics公式サイト

そのままでは、内部の精密なパーツ同士が激しく接触して一発で破損してしまいます。そこで、ボイスコイルの隙間にドロドロとした磁性流体を満たし、その液体の壁でグラつきを物理的にピタッと抑え込むことにしました。つまり、柔らかすぎるエッジが倒れないようにするための「後付けの支え棒」として採用されたのが真相です。

ソースは以下

  • テクニクス公式動画:『[Technics]AZ100 Magazine #1 磁性流体ドライバー』での開発者解説。
  • 「磁性流体がボイスコイルの内側に入ることで、振動板全体を2点で支えることができるようになり、エッジの部分を柔らかくすることができた」とする開発コンセプト。

Q2. そもそも、なぜそこまでして「極薄エッジ」を使いたかったの?

A. イヤホンという極小のサイズで、歪みのない圧倒的にクリアな低音を生み出すため。

一般的なイヤホンで豊かな低音を出そうとすると、どうしても振動板全体を大きくするか、前後に大きく動かす必要があります。しかし、耳に入れる小さな筐体ではスペースに限界があります。

そこで開発陣は、「エッジを極限まで薄く・柔らかくすれば、小さな空気の力でも振動板がストレスなくスムーズに大振幅できるはずだ」と考えました。つまり、スペースの制約をクリアしつつ、測定器の上で最高の低音データを叩き出すためのブレイクスルーとして、この極薄エッジ(ハイコンプライアンス化)がどうしても必要だったのです。

ソースは以下

  • テクニクス公式:EAH-TZ700 / EAH-AZ100 技術解説(プレスカンファレンス資料)。
  • 超低歪と低域再生の両立を目指し、あえてエッジの材質や厚みの限界に挑んだ「ハイコンプライアンス振動板」の開発経緯。

Q3. 同じ技術を使った高級有線イヤホン「EAH-TZ700」のほうは問題起きなかったの?

A. 有線モデルのTZ700では、有線接続が「メリット」として機能したため、大きな問題にはなりませんでした。

ここが非常に面白いポイントです。実は、完全ワイヤレスのAZ100系と、高級有線モデルのTZ700では、駆動カが根本的に異なります。

  • EAH-TZ700(有線): 自前の強力なアンプやポータブルDACから、潤沢な電気パワーを直接送り込んでドライバーを駆動することができます。そのため、磁性流体のブレーキ(粘性抵抗)をパワーで押し切ることができ、むしろ「余分な響きをピタッと止める上質な低音」として好意的に受け入れられました。
  • AZ100系(ワイヤレス): 豆粒ほどの小さなバッテリーと、省電力を最優先した極小のアンプで動かさなければなりません。パワーに余裕がないため、磁性流体による重いブレーキに負けてしまい、音楽のハイスピードな連打に追従できず「音が遅れてボワつく」というストレスに直結してしまったのです。

同じ構造であっても、動かすためのパワーの違いによって、一方は「上質な締まり」、もう一方は「もたつき」という真逆の結果を生んでしまったと言えます。

ソースは以下

  • 両機種の基本設計:EAH-TZ700(有線・インピーダンス19Ω)と、EAH-AZ100(ワイヤレス・内蔵アンプ駆動)のポテンシャルおよび想定される駆動比。

 Q4. 磁性流体採用したヘッドホンやスピーカーがないのはなぜか?

一般的な据え置きオーディオやヘッドホンで普及しないのは、「そんなブレーキを使わなくても、サイズを活かして最初から良い音が出る構造を作れるから」という極めて実利的な理由に基づいています。

ソースの要約(スピーカー工学の基本): 大型のドライバーでは、エッジに「ロールエッジ」や「コルゲーションエッジ(ひだ状の構造)」を採用し、さらに背面から三次元的な布ダンパーで強固にセンターを保持できるため、液体(磁性流体)による摩擦リスクを冒さなくても、真っ直ぐなピストンモーション(正確な前後運動)を完璧に成立させられる。

まとめ|日常の道具としての着地点

今回磁性流体ドライバーの磁性流体がイヤホン内部でどの部分の役割をしているのかが、これで解明できたのではないでしょうか。

このTechnicsの「空気がヌルッと大きく動く、ライブ会場の大型スピーカーの前にいるような響き」は、現場の臨場感そのものとして心地よく感じられるのかもしれません。

ただ、「聴くたびに毎回ライブ会場の爆音スピーカーの前に立たされている状態」というのは、普段の生活の中で静かに、あるいは快適に音楽を楽しみたい日常の道具としては、やはりどうしても耳が疲れてしまいます。

バイクのサスペンションでの役割

まず、バイクのサスペンションの目的は「振動を抑え込むこと」です。 路面からの衝撃を受け止める主役はスプリング(バネ)ですが、バネだけでは振幅運動がいつまでも揺れが収束しません。そこで、その余分な揺れを素早くピタッと止めるために生まれた補助パーツが「ダンパー(油圧)」です。これは「揺れを止める」という目的に対して、非常に理にかなった美しい関係性です。

スピーカーのドライバーでの役割

しかし、スピーカーはどうでしょうか。 スピーカーの目的はサスペンションとは真逆で、「振動を作り出すこと」です。 本来であれば、アンプからの電気信号(音源)が止まった瞬間に、振動板の動きもピタッと止まればいい。これが通常のイヤホンの美しい王道の設計思想です。

ところが、テクニクスの磁性流体ドライバーは「振動を出し続けよう」としながらも、「同時に動きを止めよう」としているのです。※理由はQ&Aにある通り極薄エッジ破損防止が目的です。

宇宙開発の液体という派手なマーケティングの影に隠された、音の渋さと目詰まり。一度この物理的な因果関係に気づいてしまうと、あのボワボワとした低音の引きずりは、メーカーの苦肉の策の裏返しであるのかもしれません。

Technicsがワイヤレスイヤホンにおいて、AZ100の後継も磁性流体ドライバーを進化させて、この問題を改善してしまうのか、または磁性流体を諦めて、AZ80のような完成されたドライバーに戻すのか、今後に注目です。

▼Technics EAH-AZ100 レビュー|私が感じた違和感の正体

Technics EAH-AZ100 レビュー|私が感じた違和感の正体
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